
介護の現場で認知症を患う方のケアに携わるなかで、「利用者さんが泣いて対応に困る…」という経験のある方もいるのではないでしょうか?利用者さんが情緒不安定になるときは、その裏に不安が隠れている可能性があるため、寄り添って支援をすることが大切です。この記事では、「情緒不安定」や「不安の訴え」に関する認知症ケア事例を2つご紹介します。泣く原因として考えられることや対応方法もまとめたので、ぜひご覧ください。
目次
【認知症ケア事例】情緒不安定や不安の訴え
認知症を患う方が情緒不安定になるのは、どのような場面なのでしょうか?ここでは、認知症ケアの事例として、利用者さんが泣いたり不安を口にしたりするケースをご紹介します。
事例1:居室で失禁しており声を出して泣く
80歳女性のAさんは、アルツハイマー型認知症で要介護1の認定を受けており、2年ほど前にグループホームに入居しました。明るい性格で、よくスタッフや利用者さんとコミュニケーションを取っています。
Aさんは記憶障がいがあるものの、生活動作のほとんどは見守りや声かけで行えており、比較的自立している状況でした。
事例2:一人暮らしで将来への不安を口にする
78歳女性のBさんは、アルツハイマー型認知症で要介護1の認定を受けており、半年ほど前から介護保険サービスの利用を開始しました。訪問介護とデイサービスを利用しながら、分譲マンションで一人暮らしをしています。
ホームヘルパーが自宅を訪問すると、Bさんはいつもにこやかに迎えてくださいます。デイサービスも拒否やトラブルなく通っており、施設でも楽しく過ごされているようです。
ホームヘルパーが掃除や洗濯の支援に伺うと、いつも靴下が片方見つかりません。また、前回の訪問で一緒に買い物に行って残っているはずのパックのご飯がないなど、物がなくなっていることが多くあります。
掃除をしながらなくなったものを探すと、パックご飯は米びつのなかにしまってありました。おそらくBさんが入れたものですが、ご本人は覚えていない様子で「見つかって良かったわ」とおっしゃいます。
情緒不安定は認知症の症状?利用者さんが泣く原因とは
認知症による記憶障がいなどの直接的な症状を「中核症状」といい、中核症状に性格や環境などのさまざまな要素が絡み合った結果、「行動・心理症状(BPSD)」が生じます。
「不安」や「焦燥」は、認知症の代表的な行動・心理症状の一つです。また、感情のコントロールが困難になり、うつ状態や興奮・暴力がみられる場合もあります。
特に認知症の初期は、「できないことや分からないことが増えた」「最近もの忘れが多い」と本人が自覚し、自分自身の変化に戸惑いを感じることは少なくありません。不安感の訴えは、認知症の初期症状として現れることが多いようです。
前項でご紹介した事例1・2は、「トイレで排泄ができず失禁した」「どこに何があるか忘れていつも物がなくなる」ということを、本人がある程度理解している状況と考えられます。そのため、自分に当てはめて考えてみると、今後の生活に不安を感じて情緒不安定になるのも無理はありません。
出典
厚生労働省「認知症を理解する」(2026年8月20日)
政府広報オンライン「知っておきたい認知症の基本」(2026年8月20日)
【認知症ケア事例】情緒不安定や不安の訴えへの対応
実際に利用者さんが情緒不安定になって泣き始めたときや、不安を口にしているときは、どのような対応ができるのでしょうか?安心して過ごせる環境を整えるには、利用者さんの状況や性格、ご本人やご家族の希望を考慮して、チームで支援を行う必要があります。
前述したグループホームのAさんと一人暮らしのBさんの事例について、介護職員が行った対応・声かけやチームケアの内容を、以下にまとめました。
事例1:失禁後に声を出して泣き始めたAさんの支援
Aさんは、失禁したことは理解しているけどどうすれば良いのか分からず、困っている様子でした。そのため、「大丈夫ですよ、服が濡れているので着替えましょうか」と声をかけ、用意したホットタオルで濡れた部分を拭いて着替えていただきました。
着替えた後も、「私おかしくなっちゃった…」と泣き始めるAさん。介護職員が背中をさすりながら、「Aさんからはいつも元気をもらってるし、洗濯も手伝ってくれて本当に助かってます」とポジティブな言葉をかけると、少しずつ落ち着いたようでした。
また、シーツが濡れていたので、Aさんが落ち着いたタイミングで、ほかの介護職員と連携してシーツ交換を行いました。
Aさんは、失禁したことが一つの引き金となって認知症の進行を自覚し、不安感から泣いてしまったと考えられます。排泄は生活するうえで欠かせない行為で、自尊心にも深く関わるので、「自分でできなくなってしまった」とショックを受けやすいものです。
そのため、恥ずかしい・情けない・申し訳ないといった負の感情を避けられるよう、声かけにも配慮する必要があります。
Aさんの事例における排泄のケアのポイントは、失禁したことをできるだけ気にしなくて済むように直接的な言葉は使わず、「服が濡れている」と状況を説明して着替えてもらったことです。
また、利用者さんが泣くのは、ストレスから身を守って気持ちを落ち着かせるための体の反応という可能性があります。利用者さんが泣き始めると対応に困るかもしれませんが、泣くのを悪いことと捉えるのではなく、Aさんの気持ちを受け止める姿勢が大切です。
認知症の方からの不安の訴えに対してただ「大丈夫」と伝えるだけでは、「突き放された」と思われてしまう場合があるので、不安感や孤独感を軽減できるような声かけを意識しましょう。
傾聴して不安な気持ちを受け止めることで、「分かってもらえない」という孤独感の解消につながるかもしれません。相手によって異なりますが、状況に応じた適度なスキンシップ(タッチング)も、安心感を与えるのに効果的な場合があります。
事例2:認知症の生活への影響が懸念されるBさんの支援
Bさんにパックご飯を見つけたことを伝えると、「今日はまだご飯を食べてなかったわ」とおっしゃいます。ご飯を食べた形跡がなさそうだったので、声かけをしてご飯・サバの缶詰・インスタントのみそ汁を食べていただきました。
食後にBさんは生活への不安を口にし、「これから先も一人で暮らしていく自信がない」とおっしゃいましたが、お話を聞いていると少し落ち着いたようでした。
ホームヘルパーは、介護記録に訪問時の出来事の詳細を記録しました。同時に、認知症が進行している様子があり「食事に影響していること」や「ご本人が不安を訴えていること」を、サービス提供責任者に共有。サービス提供責任者からケアマネジャー、ご家族へと情報共有が行われました。
Bさんが一人暮らしの継続を厳しいと感じていることや、認知症の進行が生活に影響していること、ご家族の同居が難しいことを踏まえ、キーパーソンの娘さんが入居先の有料老人ホームを探すことになりました。
また、施設を探している間もBさんに必要な支援が行き届くよう、ケアマネジャーがケアプランを見直し。以前は基本的に決まった日に買い物同行をするルールでしたが、ホームヘルパーの訪問時に食べるものがなかったら買い出しを行えるよう、ケアプランが変更されたのです。
認知症の症状や過程は個人差が大きいですが、介護介入が始まってからずっと同じ症状ではなく、状況が変化していく可能性が高いでしょう。
特に認知症初期は、これまでになかった症状が現れ、ご本人や身近な人が生活の変化を感じやすい時期。利用者さんが安心して過ごすには、心理的なケアに加え、介護体制の構築や環境の整備も重要となります。
介護職は利用者さんとの距離が近く、普段の生活を把握しやすいので、「最近物がなくなっていることが多い」といった変化に気づきやすい存在です。利用者さんが介護職を信頼して本音を話すことも珍しくありません。
そのため、利用者さんと身近で接する介護職が他職種やご家族と連携することで、ご本人の気持ちを尊重したケアができる場合があります。利用者さんが情緒不安定なときは、原因は何なのかご本人の立場になって考え、周囲と協力して対処法を検討すると良いでしょう。
なお、どのような環境が合っているかは人それぞれなので、一概に「自宅で暮らしたいはずだ」「施設のほうが良い」と決めつけるのではなく、さまざまな可能性を考慮することが大切です。
まとめ
認知症の利用者さんが情緒不安定になる場合、状況が分からないことへの不安といった理由が隠れている可能性があります。特に認知症の初期は、「もの忘れが多い」「今までできたことができなくなった」など、症状を自覚して不安を感じることも少なくありません。
利用者さんが急に泣くと困るかもしれませんが、行動を否定せずに寄り添って対応することが大切です。声かけをするときは、できないことを強調するのは避け、利用者さんのできることに着目した言葉を伝えると、前向きな感情につながりやすいでしょう。
また、認知症の進行により、食事・排泄・入浴など生活に不可欠な行為に支障が出ている場合、必要な支援が行き届くよう調整することが求められます。介護職が利用者さんの変化にいち早く気づくことで、ケアマネジャーやご家族と連携して適切なケアにつなげられるでしょう。
利用者さんが「これからどうなるのか…」と心配しているときは、心理的なケアをすることに加え、安心して暮らせる環境を整えることで、不安の原因を解消できるかもしれません。
利用者さんの介護に明確な正解はないため、介護職の方は日々模索しながら支援を行っているのではないでしょうか?お仕事に真剣に向き合っているほど、「もう疲れた…」「どう対応すべきか分からない」といった悩みを抱えやすいものですよね。
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執筆者

実
元介護士ライター
グループホームに2年、訪問介護事業所に3年勤務。多くの高齢者や、障害のある方の介護に携わる。訪問介護事業所では、サービス提供責任者の業務も担当した。2022年に介護福祉士を取得。現在は、知識や経験を活かして、介護職員の方に役立つ情報を発信している。







