東京大学人文社会系研究科社会学研究室准教授の井口高志先生にインタビューしました!

ニュース 2020/10/01
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
東京大学TOP

◆はじめに


『介護・福祉の現場で働く方に、いつもとは違った視点でその分野を研究している人を知ってもらいたい』という想いで始まったこちらの大学の研究室紹介。
第19回目は東京大学人文社会系研究科社会学研究室准教授の井口高志先生にお伺いしました。
主に『認知症をめぐるケア実践や当事者活動の展開』を研究されています。

「研究の概要について教えてください」



 大まかなテーマは、現在、「認知症」と呼ばれている人たちが、これまで、どのように社会の中で理解され、包摂されようとしてきたのか、そしてそのプロセスの中でどのような困難に突き当たってきたのかを明らかにすることです。そのことを明らかにするために、1980年代頃から現在にかけての先駆的なケア実践の取り組みや、現在盛り上がってきている認知症当事者を中心とした運動を社会調査の方法で調べています。
 「認知症」を研究テーマとしていると言うと「介護」問題に取り組んでいると連想されるかもしれません。認知症介護における介護者の負担の解消、とか、より効率的な介護の方法などの探求です。それらの問題解決のための技法やテクノロジーの開発とか、よりよい制度構築を目指して研究をしているという風にも思う人がいるかもしれません。
 もちろん、そのような課題は、現場にとって切実なものでありとても重要です(私も一生活者として強い関心を持っています)。しかし、「社会学」の観点から「認知症」に取り組む私の研究は、そうした現場の課題に対する直接の答えを探求したり、解決技法を開発するようなものでは残念ながらありません(結果として繋がることはあり得ますが)。むしろ、その一歩手前で、実際の調査に基づき、多くの人が一般的に考えている問題の捉え方と、解決のあり方の方向性を反省的に問い直すような作業が、社会学の立場からの認知症研究です。

「研究の詳細について教えてください」


 社会学の研究は論文や著書などの形で社会に発信していくことが基本となります。これまでの、私の認知症研究は2冊の単著でまとめて読むことができます。いずれも上に述べたような社会学の立場からの認知症研究を行なった実例となります。

 最初の本は博士論文を元に2007年に出版した『認知症家族介護を生きる』です。私は、介護保険制度がスタートした2000年前後から家族介護者の研究に取り組み始めました。出発点の問いは、外部の介護サービスが整備されていっているが、果たしてそれは家族介護者を楽にするのだろうか?というものです。これは「介護の社会化」に湧いていた当時の潮流を問い直してみようという意図の問いでした。
2007年の本
 介護という行為を、食事介助とか移動介助とか個々の具体的作業と捉えて、その集計の負担を計測するという発想ならば、外部サービスの拡充は「解」になるかもしれません。しかし、家族介護者にインタビューをしていく中で気づいていったのは、介護という行いは、単に作業や労働をすることではなくて、衰えを見せて行く相手の思いを慮ったり、あるいは相手をどういう状態にしたいか、相手にどんな風にあって欲しいかを思い描きながら介護者が要介護者に働きかけていくコミュニケーションであるということでした。そんな風に現象の特徴を捉え直すと、外部サービスの存在そのものは最終的な解ではなく、介護者の経験や困難をシェアしたり、変化し衰えていく人とつきあい続けていくための居場所などの必要性が見えてきました。そして、そういう捉え方は、身体的障害とは違った特徴を持つことが多い認知症について考えていく上で、特に重要だと思われたのです。

 家族介護に焦点を当てた研究の後、デイサービスなどのフィールドワークを行いながら、私は、社会の中で認知症の人がどのような存在として捉えられるようになっていき、そのことが現在の認知症の人へのケアや関わりにどういった特徴をもたらしたのか、といった歴史的変化に注目していくようになりました。その研究成果をまとめたものが、2020年8月に出版したばかりの『認知症社会の希望はいかにひらかれるのか』です。学術書の色彩が強い前著に対して、本書は認知症ケアに取り組む人や認知症の当事者・家族などにも読んでもらえるようなものを目指しました。
 本書では、認知症の人が社会の中で理解され包摂されてきた大きな流れを、「(認知症本人の)その人らしさによりそう」「疾患としての積極的対処」「本人が「思い」を語ること」の三つの方向性として捉えました。そのように大まかに歴史を捉えた上で、ケア現場における、その人らしさにずっとよりそうことと、認知症という診断をしっかりとして疾患として積極的に対処していくこととの間のジレンマの考察や、本人の声が聴かれるようになっていった後に考えるべき課題について整理をしています。いわば、現在に至るまでの認知症ケア実践や運動の到達点を示すとともに、理解・包摂されていく流れの中で生まれてきた課題、これから生まれうる課題を見出そうとしました。このような一定のスパンで認知症のケアや運動を見ていく研究からは、認知症の人を理解し包摂しようとする試みにいくつかのバリエーションがあることや、ある時点では先駆的なケア実践や運動であったとしても結果として認知症の人の排除につながりうる可能性も見えてきます。

2020年の本

「今後の研究の展望を教えてください!」


 上述したように、今回出版した本では、認知症が注目されてから現在まで、認知症の人たちがどのように理解され社会の中に包摂されてきたのか。そして、その理解・包摂のあり方によって、いかなる課題が生まれているのかを整理しました。そのような歴史的に見ることによる問題整理を踏まえて、今現在認知症を巡って生まれている新しいムーブメントが、認知症の人たちにとってどのような未来を拓いていくのかを、聞き取り調査や、海外との比較調査、また隣接する領域である障害学(障害当事者によって担われてきた学問)の知見と照らし合わせること、などを踏まえて記述していくことを目指しています。特に、日本における当事者運動や認知症フレンドリー社会を目指す動きは、スコットランドやイギリスの取り組みに影響を受けたり、相互に交流を持っています。そうした動きを整理していくことが直近の課題となってきます。
 また、認知症の領域における、ケア実践の変化、当事者の登場などの動きを、他の病いや障害の領域の経験的研究と付き合わせ議論していくことで、領域横断的な知見を見出すことも目標としています。例えば、当事者運動の興隆は、認知症以前に、障害者運動の流れがあります。また、疾患として積極的に対処していこうとする流れ(社会学では医療化という概念で表現します)は、発達障害などでも見られることかもしれません。そうした研究群の知見を自分自身で取り入れるだけでなく、そうした分野の研究者と積極的に交流・共同研究を行なっていくことで、医療と障害の社会学の進展を目指しています。

 なお、ここまで読んできていただいてなんとなく感じられたかと思いますが、私の研究は、現場の切迫した問題からやや距離をとって現象を見て行く、言わばのんびりした研究とも言えます。それは、介護現場に近いところにいる、このサイトを見られる方達にとっては、はっきりいうと、役にたたなさそうに見えますし、完全には否定できないかもしれません…。
 しかし、このような研究は、すぐに効用はなくとも、現在取り組まれている実践や、将来の認知症の人たちと共生するための場所や制度づくりの方向性を見直すような一つの素材となり得ます。例えば、認知症の人が外を歩き回ることが問題といった時、そこでの「問題」は立場によって意味合いが違ってきます。家族にとっては事故にあって本人も傷つき他者に迷惑をかけてしまうという意味での問題かもしれませんが、本人にとって、それは散歩であり、歩くことそのものよりも散歩をスムーズにできないこと(場合によっては配慮の名の下に妨げられていること)が問題かもしれません。また、本人の安全を守るために開発された場所を示すテクノロジーは、本人にとっては自らの行動を制限する邪魔なものかもしれません。このような視点を持つと、例えば現場のケア実践においても、自らの行なっている実践の副次的な効果は何か、ということや、別の立場から見た場合はどうか、ということの気づきに繋がっていくかもしれません。「気づき」は日々の忙しさの中で常に必要とされはしないかもしれませんが、日々の仕事の中で何かにつまづいた時などに重要になってくるかもしれません。こうした意味で、距離をとって見えてくることが、ちょっとした「役立つ」ものになるかもしれないと考えています。
クリニック勉強会2

◆付記


 ところで、紹介してきたような認知症研究のテイストは、私が文学部の社会学というところで研究を行なっていることと深く結びついているかもしれません。私は文学部の中の社会学研究室というところに一教員スタッフとして所属しています。社会学研究室というところは、一応研究活動を行うまとまった単位ですが、常日頃からそこのメンバーと一緒に実験をやったり調査をやったりする訳ではなく、所属しているメンバーがそれぞれ、「社会学」というディシプリン(学問分野)の傘の下で、それぞれのテーマに取り組んで研究をしています(これは教員に限らず院生、学生も同様です)。いわば、社会学という母屋に独立の自営業者が所属しているようなものです。社会学の研究対象はとても幅広いのですが、私は、ケア・支援の社会学、医療社会学、福祉社会学と言われる分野を専門としていることになっています。

 私のゼミには、他の様々な障害や病いをテーマに研究を行なっている人たちが集ってきています。認知症研究の中で見えてくることは、例えば、発達障害や様々な精神疾患など、他領域においても見られることがあります。隣接した対象を含めて、医療社会学や障害学という学問分野で磨かれてきた概念を共通言語として用いたり、社会学の方法に基づいて議論することは、大きなメリットがあります。一つには、認知症といった固有の対象の理解を深めていく上で、他の事例を参照することができます。他方で「社会学」の共通の概念で考えていくことで、認知症や発達障害、など個別の領域を超えて、病いや障害を持って人が生きていくことや、そうした病いや障害を社会はいかに包摂したり排除してきたのか、といったことに関する全体としての理論が見えてくる可能性があるのです。今後の願望を含めて言うと、集ってくるメンバーそれぞれが、それぞれの対象に取り組むことで、全体としての理論を作って行く作業を行っているのが、本研究室における社会学的な障害や病いに関する研究だ、と言えるのかもしれません。 

◆東京大学人文社会系研究科 社会学研究室の基本情報


井口高志先生、お話ありがとうございました!
最後に、東京大学 人文社会系研究科 社会学研究室の基本情報を記載します。

東京大学
https://www.u-tokyo.ac.jp/ja/index.html
社会学研究室
http://www.l.u-tokyo.ac.jp/sociology/index.html

関連ジャンル: ニュース

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

「ニュース」の人気記事一覧

「総合」の人気記事一覧