ソニー・ライフケアグループで介護事業を展開するライフケアデザイン株式会社。日本を代表する企業であるソニーがなぜ介護事業に参入し、どんなことを実現しようとしているか、同社の代表取締役社長である出井さんにお話を伺いました。

プロフィール

出井 学 様

ライフケアデザイン株式会社 代表取締役社長

1986年、ソニー㈱入社。2004年、ソニーフィナンシャルホールディングス㈱(SFH)設立に参画、2007年に東証一部上場を果たす。2011年、SFH執行役員。現在、2014年4月に設立されたSFHの介護事業を統括する持株会社ソニー・ライフケア㈱代表取締役社長、ライフケアデザイン㈱代表取締役社長。

ご入居者様自身に「住みたい」と思わせるホームを目指し、介護事業に参入

——ソニーグループが介護事業に参入した理由について教えてください。

ソニーグループにおいては、基本的にエレクトロニクスやエンタテインメント、金融事業を展開しています。ソニーグループには創業者イズムとして歴代の創業者が掲げる設立趣意書があり、世の中に対する貢献が企業としての社会的責任の基本であるという思想なんですね。 それを一つの形で表しているのが金融事業で、生命保険事業を日本で初めてコンサルティング営業という形で始めたのがソニー生命です。「がん保険ありますがいかがですか?」ではなく、「どのような人生を過ごされたいですか?」というように付加価値を提供する視点で営業をしています。

少子高齢化が進む日本では、近年、お客様から「良い介護サービスがないか?」「いい医療機関の情報がないか?」というニーズが圧倒的に寄せられるようになりました。そのような社会的ニーズと会社の成長戦略のマッチしたサービスが介護サービスであったため、「”Life Focus”~本当の長生きとは何かを追求します~」を事業コンセプトに、介護事業へ参入しました。

——創業期の介護事業において、どのような人材を求めていますか?

何をやりたくて、何が実現できる職場なのかをしっかり受け答えできる人を中心に確保したいと思っています。ただ職場が近いから、ただお給料がいいからという理由でなく、この現場でどのような介護を実現したいのか、 当社の考え方に合うか合わないかで採用を進めてきたことが、開業期から今に至るまでの大きなベースになっています。介護職の中には、介護業界にすごく思いはあるけれど、その思いが現場において実現できないという人がたくさんいるんですよね。

私が初めて勤務したホームで認知症の女性を入浴介助した時、ロビーではものすごく静かだった方が、お風呂に入ると「何で男性のあなたに体を洗ってもらわないといけないんだ」と言って暴れ出したんです。人材不足によりやむを得ない状況だったのですが、介護における品質について疑問を感じました。その疑問を解消するために、私たちは質の高い老人ホームを作ることにしました。その品質を追求したものを経営理念に落とし込んだので、人材採用においては私たちの考え方や理念に対しての共鳴を非常に重視しています。

——理念を実現するための工夫はありますか?

ホームで実現したい我々の理念は、「自分の家ではできないことをホームに行ったらできるようになる」ということです。在宅からホームに移る時には「物理的に転居をしなきゃいけない 」「家族から独居しなければいけない」「突然新しい集団生活が始まる」という3つのストレスがあると言われています。自宅から離れる不安な気持ちを、ご本人からもご家族からも無くすために、身体介護だけでなく「ライフプラン」によって自分の価値観に合う生活を作っていくホームを実現し、ご入居者自身に「住みたい」と思ってもらえるホームを作りたいですね。

その象徴として、弊社では『ライフマネージャー』という独自の職種を作りました。会社からしてみれば、これは経営の投資なので、『ライフマネージャー』が投資に見合う付加価値をあげられれば、本来目指していた理念の実現ができるのではないかと思っています。

独自の職種『ライフマネージャー』は理念のシンボル

——『ライフマネージャー』はどのような人がなれるのでしょうか?

まずは理念に共鳴していることです。 そして、ご入居者の人生に寄り添いながらチームの意見を集約し、プランに落とし込んでサービスを提供できることが条件です。また、ライフプラン作成に関わる人たちの調整業務が発生するので、コミュニケーション能力も必要ですし、傾聴力など介護のベーシックなリテラシーも必要になってくると思うんですよね。最も重要なことは、我々のホームでこれらを実現したいという思いなので、そこがなければ絶対に『ライフマネージャー』にはなれません。

また、ホーム長との役割の棲み分けは、経営管理視点があるかないかです。ホームの理念実現のために、サービスを提供しながら数字も意識して対応していくのがホーム長の役割です。一方で、ご入居者の人生にフォーカスしてサービスを提供して行くことが『ライフマネージャー』の役割です。

——ライフマネージャー』の研修はありますか?

ご入居者全員に対して、在宅ではできないこと実現するライフプランについての事例研修があります。最も印象に残っているのは、98歳要介護3の男性に大好物だったとんかつを食べていただくというテーマのライフプラン事例です。

ホームに入る前はご近所にあるとんかつ屋さんで奥様と食事をすることが一番の喜びだったのですが、嚥下機能が落ちてしまってから食べられなくなってしまったのです。そこで、奥様との思い出がつまったとんかつをもう一度食べていただこうと、医師もナースもリハビリの専門医師も全部連携して、いろんなトレーニングを幾度となく重ね実現させました。相当リスクのあることだったので、ご家族にもいざとなったらどうするかというお話を全部さしあげた上で実施しました。当日は、医師もナースも少し離れたところから見守りながら、ご夫婦だけの時間を過ごしていただき、ご本人にもご家族にも大変喜んでいただけました。

結局、その方にとってこれが最後のとんかつになってしまいましたが、最後まで一人ひとりの価値観に沿う日々の生活や目標を実現できるようサポートしたいと思っています。ご入居されて3ヵ月〜半年くらい経ってくると、その方の思いや目標がだんだん分かってくるので、ご本人やご家族の日々の会話の中でも傾聴しながら徐々に情報を蓄積し、ライフプランを作成していきます。

——『ライフマネージャー』までのキャリアパスはありますか?

キャリアパスに関しては具体的には決めていません。『ライフマネージャー』は基本的には専門職なので、全体のマネジメントをやることはありません。『ライフマネージャー』になった後に関しては、ホーム長になる方もいるでしょうし、スペシャリストとしてずっと現場にいる方もいると思っています。まだ職種を設けて4年目くらいなので、最初から型にはめるよりも、一人ひとりの個性を見ながら適材適所に配置をしていく方が、今の弊社の実態に合っていると思います。

また、当社のケアスタッフには、『パーソナルアシスタント』という役割があって、ご入居者に対して、「この方は自分が担当している」という意識を持ってもらいながらライフプラン作りに参加し、実践をしてもらうようにしています。将来的には、『ライフマネージャー』が当社の理念の実現をする象徴になって欲しいと思っています。彼らが中心となってチーム全体を支えることで、ホームを輝かせるような位置づけであってほしいです。

“Life Focus”を実現するために

——ご入居者様や従業員がやりたいことを実現させるために、普段から心掛けていることはありますか?

現場は本当に忙しいので、「ケアする時間」を確保するための業務効率化は必要な視点だと思っています。当社では『MICS(ミックス)』という介護記録システムを導入しており、介護保険の請求だけでなく、介護記録も全て現場スタッフのiPad入力で管理できるようになっています。それによって、紙をめくらずともご入居者の入居時からのデータを全部確認できます。

他にも、体動検知によって睡眠や覚醒などの状態を測定できる睡眠センサーを活用し、高齢者特有の睡眠課題の改善に向け、『スリープ・マネジメント』に取り組んでいます。夜熟睡していただける状態になると昼の活動量も上がるので、夜勤スタッフの業務も軽減されますし、ライフプランも作りやすくなります。また、当ホームでは基本夕方にレクリエーションを入れているのですが、これは、深部体温が最も高くなる夕方が身体への負担をかけず運動するのに最適というのと、夜間の睡眠に影響する居眠り防止という理由もあります。

さらに、陽の光が入ることによって体が目覚めることが大事なので、部屋はハイサッシを導入し、あえて全遮光100%のカーテンを入れないようにしています。居室の洗面台は電動式で自動昇降しますので、車椅子の方でもピッタリの高さに調節することができます。このようにハードとソフト両面で業務効率化を図ることで、「ケアする時間」を作れるようにしています。

————今後の展望を教えてください。

私たちは創業期で課題がたくさんありますが、逆にやりたいこともまだまだあります。その状況下でも、自ら手を上げて一緒に理念を実現していってくれるような人を求めていきたいと思っています。そのため、ホーム長以外のスタッフに関しても、職種別にホーム間の交流ができる機会を設けて、それぞれの課題と成功事例を共有することで新しい思想が生まれるきっかけを作っていきたいと思っています。

また、ソニーでは課題を自分のこととして捉え、自らソリューションを提供できる人材を求めています。課題があることは全然問題ではなく、課題を課題としてきちんと認識できる力が大事だと思うんですよね。だからこそ、日常埋没型でなくソリューション開発型の姿勢を持っている人たちを、介護の世界にたくさん集めていきたいです。 そうすることで”Life Focus”が実現できると思っています。