顧客ニーズの多様化がもたらしたフラット組織の出現により、コーチングという手法が注目されてきている今日。コーチングを用いた組織変革で、医療・介護業界を含め数々の個人・組織のパフォーマンス向上実現させた合同会社Coaching 4U代表の渡邊さんに、介護業界におけるコーチングについてお話を伺いました。

プロフィール

渡邊 佑 様

合同会社Coaching 4U 代表 プロフェッショナルコーチ

個人・組織向けのパフォーマンス向上を目指したコーチングソリューションの提供および組織変革コンサルティングを手掛け、特に医療・介護業界においては15社以上の職員の定着率向上やパフォーマンス向上に貢献した実績を持つ。コーチングにより定着率を向上させた成功体験が記された『介護経営イノベーション』(総合法令出版/2019年)の著者。

大きく変化する時代だからこそ、コーチングが必要

——まず、コーチングとは何か、簡単に教えてください。

一言で言うと、「目的地まで相手を連れて行くこと」です。人や組織の「こうなりたい」という目的地に早く着くよう導くことがコーチングです。コーチングを行うことで、自分の可能性や能力、ゴールに向かうための道筋を自分自身で気づくことができるようになります。人材が枯渇する中でいかに人材を定着させ生産性を向上させるかが重要視されてきたことや、トップダウンのピラミッド組織から、現場が自立的・自発的に考え行動できるセルフ・マネジメント型の組織へと組織のあり方が変わってきたことで、最近特に注目されてきているように感じます。

——なぜ医療・介護業界にコーチングが必要なのですか?

医療介護の世界は、ケアや医療に対する専門性は非常に高いのですが、経営やマネジメントの成熟度は一般企業に比べると数歩遅れている印象です。今後益々国の社会保障費が削減されれば、より効率的・効果的に経営していける法人でないと生き残れないのは自明であり、マネジメントの成熟が必要不可欠です。

私は「マネジメントとは人と組織だ」と考えています。特に労働集約型である医療・介護業界にとっては「人」の重要性が高く、職員の採用や定着、モチベーションの向上などがマネジメントの課題に直結しているので、課題に対してコーチングや自身に対するセルフ・コーチングを行うことが非常に効果的であると考えています。

——般企業と医療・介護業界のコーチングの違いを教えてください。

基本的には「人」であり「組織」なので、一般企業も医療・介護業界も特に変わりません。ただ、一般企業に比べると医療や介護で働く人たちの方が、ゴールやミッション、仕事の目的が明確な人が多いので、コーチングが取り入れやすいのではないかと思っています。

私の肌感覚で言うと介護業界の人材は二極化していて、明確な目的を持っている人が多いのも事実ですが、消極的選択で止むを得ず介護業界を選んだ方も一定数いらっしゃると思います。後者の場合は、稼ぐ事以外にミッションやゴールを持っていない可能性があるので、いかにゴールとやりがいを見出してもらうかが職員の育成や定着において大切になってくると思います。

トップが明確なゴールを持つことで人材は育つ

——志の高い人材を育てるには何をしたら良いのでしょうか?

まずは、トップである経営者が高い志を持ってそれを「心から達成したいと思っている事」「その達成に向けて実際に行動している事」が大切です。それが出来ればトップの熱量は自然に伝播し、職員も信じてついてきてくれるようになります。次に職員の自己肯定感や自己評価を高めるための働きかけや、職員自身がそれらを自らコントロールができるようになる必要があります。高い志を持てる人は、前提として高い自己評価を持っています。

ある調査によると、自己評価が低い教師のもとで教えられた生徒の自己評価は下がるという結果が出ています。医療・介護従事者においては、自己評価が低いと患者さんや利用者さんの自己評価を下げ、QOLやADLの低下に繋がるリスクすらあるので、職員同士で自己肯定感や自己評価を高め合っていく事がポイントだと思います。自己評価を上げる一つの手段としては、「マインド(脳と心)の仕組み」を知り、その「上手な使い方」を学ぶ事が有効です。

——セルフコントロールにおいて重要なポイントはありますか?

目の前の患者さんや利用者さんにしっかり尽くしつつ、俯瞰して自分を見ることができるかが大事ですね。マイナスな事態が起こった時に一歩引いた視点で、「私が今ここで凹んでパフォーマンスを下げることは、周りの人のためにもならない」と思えるかどうかが大切です。

また、私がコーチングでお伝えしている重要な技法の一つに「セルフトークのコントロール」があります。セルフトークとは脳内で行われる自己対話であり、自分の信念や自己イメージを作っています。「疲れた」「しんどい」「ムカつく」などの否定的・ネガティブなことを言わないようにすると、だいぶ体も楽になり疲れも取れてくると思います。ただ表面的にセルフトークをコントロールするだけだと、本音のネガティブな感情を溜め込んでしまうので、経営者は従業員が不安や不満に感じていることを吐き出せる場を作ることが大切ですね。

会社のゴールを見せることが、職員の定着につながる

——どんな組織こそ、コーチングが必要なのでしょうか?

人が定着しない組織は課題が多いと思うので、解決策の一つとしてコーチングを検討してもいいと思います。定着しないのには様々な要因が考えられますが、「組織は経営者の器以上にならない」という言葉の通り、その組織の問題は経営トップ自身の問題という場合も多いと感じています。「何故こんなに職員が辞めていくのだろう」と思っている経営者にこそ、コーチングを取り入れていただきたいです。
コーチングを通じて経営者自身のゴールが明確になり、経営者が最高のコーチになることで、従業員の可能性や士気を引き出すことが出来るようになります。もし「これはうちの組織かも」と気づいた方がいらっしゃったら、ぜひ一度拙著「介護経営イノベーション」を読んでいただきたいです(笑)

——抽象的なゴールでも問題はありませんか?

ゴールは抽象的でいいのです。「最高の介護施設を作る」くらい抽象的だとしても、経営者がそれを心から信じて、本気でそうしたいと思っていることが大切です。そこから抽象度を下げて「最高の介護施設とは具体的にどういう施設なのか?」「何をしている施設なのか?」を考えて、イメージを具体化していく事が必要です。会社の方向性やゴールを経営者が本気で語り、そこに向かっている姿を見せる事で、組織に対する職員のエンゲージメントが高まり、結果的に職員が定着する組織に変化していきます。