介護リフトや移乗ボードなどの福祉用具を活用して「持ち上げないケア」を展開している社会福祉法人友愛十字会砧ホーム。東京都の次世代介護機器のモデル施設として、見守り支援ロボットなど計24台の介護ロボットを導入している同ホームに、介護ロボット導入による人材確保への影響についてお伺いしました。

プロフィール

鈴木 健太 様

社会福祉法人 友愛十字会 砧ホーム 施設長

砧介護保険サービス 施設長 リクルート推進室 室長補佐

2005年に看護師として同法人へ入社し、機能訓練指導員、介護主任、介護部長を経験。2017年10月から砧ホームの施設長に着任し、介護ロボットを通してスタッフの採用、育成を成功させる。

働きやすい職場づくりのため、介護ロボットを導入

——砧ホームではどんな介護ロボットを利用しているのでしょうか?

経産省が介護ロボットの開発重点分野を6分野13項目定めており、私たちは2分野3項目で7機種24台を導入し、活用しています。

最初に導入したのが見守りロボットです。当時、ちょうど低床かつ電動のベッドが欲しかったので、平成27年度の厚労省から全額補助が出る事業に手を挙げて、ベッドタイプの見守りロボットを3台導入しました。これは、ベッドの4つの足の部分に体重計のようなセンサがついており、重心の変化によって利用者さんの動きを判断してくれるものです。

当ホームではベッドからの転落が大きな課題だったのですが、このベッドを使い始めてからは事前に事故が防げるようになりました。さらに次の年にも、東京都のモデル事業を活用してベッドタイプ10台とセンサタイプ5台を導入したので、今は見守りの機械だけで18台使用しています。

その後にマッスルスーツを2台導入しました。介護の現場は腰への負担が大きく、現場の2人に1人がコルセットをつけているような状態だったので、それを軽減するために入れました。

最後にコミュニケーションロボットを2台導入しました。これは、認知症の周辺症状により興奮してしまったり落ち着かなくなってしまったりする方に対して、癒やしの効果があります。他にも少し使い方を工夫して、施設内で一番人が通る場所に置くことで、利用者さん同士の新しい出会いを作っています。

——介護ロボットを導入した目的は何だったのでしょうか?

1番の目的は働きやすい職場環境づくりで、次に施設の魅力づくりでした。これから労働人口がどんどん減っていく中でも質の高いケアを提供しなければいけない時代になっていきます。そのために私たちにはケアと組織の進化が必要だったので、介護ロボットの導入を進めていきました。

介護ロボットを導入する時のポイントは、施設の課題を整理して優先順位をつけてから導入をすることです。そうすると、現場での活用につまずいた時に導入した目的を立ち返ることができるので、せっかく導入したのに使わなくなってしまったという事態が起こりづらいんです。課題から入るとどうしても見守りのロボットの導入が最優先になってしまうのですが、色々導入した結果最も面白かったのはコミュ二ケーションロボットでしたね。

コミュニケーションロボットの『パロちゃん』に集まる利用者さんたち
▲コミュニケーションロボットの『パロちゃん』に集まる利用者さんたち

導入前の納得感と導入後の粘り強さが活用の鍵

——導入時に準備したことはありますか?

ハード面に関しては、見守りロボットの導入時にwi-fiの環境を準備しました。ソフト面では介護ロボットの推進ワーキングチームを立ち上げて、チームの体制を整えました。介護ロボットの浸透は職員全員が一つになってやっていかなければうまく行かないので、パーティーやキックオフを行うことで、その雰囲気づくりを工夫し、『みんなで始める』という意識付けをしました。

コストに関しては、本来であればwi-fi環境の整備及び介護ロボット合わせて、総額1千万円程度でしたが、私たちはほとんど補助金を活用して導入したので、実際の手出しは3分の1の350万円ほどで済みました。

また、導入前には必ず実際に使う現場スタッフが体験をして、できるだけ利用時に気を遣わず手間のかからないものを選んでいます。介護ロボットに限らず、福祉用具は大体管理の手間が面倒で使われなくなっちゃうので、自分たちの施設での適用を見極めたうえで納得したものを導入するという工程を踏むことは非常に大切です。

導入してから思ったのですが、普段から何事もデータを取る癖を付けておいた方が良いなと思いました。導入前後の変化を見るための情報が介護記録だけでは全然足りないので、事前にアンケートを取るようなことをしたらよかったなと思いました。

——現場に浸透するまでどれくらい時間がかかったのでしょうか?

3,4か月ですね。 新しいことを始めると、今までのやり方と変わる事によってどうしても一時的に生産性が落ちるので、それを理解してないと失敗するんです。そのための工夫として、事前に組織体制を整えたんです。


また、導入すると「運用上のルール」と、「共用上のルール」の2種類の不具合が出てきます。このルールを作るときは、現場の職員ではなくリーダー・主任と施設長で話し合います。使いづらさも共有しながら現場目線になることが一番重要なので、私も現場に加わって積極的にロボットを使います。課題に対してルールを作るということを粘り強く繰り返し、諦めないでやることが一番重要なんです。

▲砧ホームで実際に使用しているロボットスーツ

介護ロボットの潜在能力を引き出す秘訣は組織力

——採用や育成への影響はありましたか?

介護ロボットの取り組みを始めてからの4年間で、退職者が9人しかいないんです。さらに、介護ロボットの活用を打ち出してからは全国各地から前向きな職員が集まるようになったので、職場環境が大きく変わりました。ネガティブな発言が減り、コミュニケーションも取りやすくなったので生産性が向上しました。

また、業界全体の人材不足により職員の人数自体は減っていますが、業務効率化によって1日あたりの職員の投入量を減らせたので、サービスの質を保ちながら職員の満足度を向上させることが出来ました。また、年間休日も公休以外に5日以上の有給が取得できており、今年に関しては年間134日以上の休みがあります。

育成に関しては、介護ロボットのモデル施設として国内外問わずたくさんの方々が見学に来られるようになったことで、職員のプロ意識が向上しました。自分達の魅力と役割をきちんと認識して行動できるようになり大きく成長しました。見学会の際も、職員がホームの魅力を語りながら自主的にお客様を案内してくれるようになったんですよね。

——職員のキャリアパスに介護ロボットの活用は関係ありますか?

正直ありません。これは僕の考えですが、介護士が福祉用具を使えることは当たり前だと思っているので、介護ロボットの活用に手当などをつけることは違うなと思っています。

私はもともと看護師として大学病院の手術室で勤務してたんですよ。そこでは道具によって、手術が綺麗にできたり早く終わったりすることが医療の進歩につながるんですね。そのような現場にいたので、医療の専門職である看護師が医療機器を使うのと同じように、福祉の専門職である介護士が福祉用具を使うことは当然であるという意識があるんです。当ホームの職員は100%介護福祉士なので、尚更そのようなプロ意識を持って仕事をしてもらいたいと思っています。

——介護ロボットの活用に課題を抱えている事業所さんにお伝えしたいことはありますか?

お伝えしたいことは3つあります。

1つ目は、私たちも進化しなければいけないということです。変わることも大変ですが、変わらない方がこれからはもっと大変なんです。介護ロボットは今後もっと進化する余地があるので、私達使う側も同時に進化していかなければ使えません。

2つ目は、業務改善によって介護ロボットの導入に限らず人員体制を見直すことです。見学に来られた方々によく「このロボット入れたら何人減らせますか」という質問をされますが、ロボットを入れたら何人減らせるかではなく、そもそもロボットがなくても減らさなければ加速する労働力不足に対応できなくなってしまうと考えています。

3つ目が、費用対効果です。介護ロボット導入の起案を自分の法人に認めてもらう時に費用対効果が必要になると思いますが、ロボットそのものの価値やパフォーマンスがイコール費用に結びつくわけではありません。介護ロボットそのものだけで効果を測れるわけではなく、ロボットの潜在能力を引き出すためにはそこに組織力が加わって効果につながっていくのです。