高齢化社会の世界最先端を走る日本において、2040年に向けた長期計画の策定を進めている東京都。自身の介護・福祉領域での経験を生かし、東京都議会議員として介護業界の課題解決に取り組む後藤なみ様に、高齢化社会に対応する仕組み作りについてお伺いしました。

プロフィール

後藤 なみ 様

東京都議会議員

共立女子大学を卒業後、新卒で明治安田生命保険相互会社へ入職。2012年、株式会社リクルートキャリアに転職し、法人の採用支援に取り組む。その後介護業界の雇用課題を解決するための事業組織である「HELPMAN! JAPAN推進事業室に異動。これまで1,000を超える介護・福祉の現場を訪問し、業界内の人材不足を解消すべく奔走。東京都含む各行政とも連携し、政策の立案にも関わる。

一冊の漫画との出会いが、介護の世界に入るきっかけに

——後藤さんのご経歴についてお伺いさせてください。

今は東京都議会議員として、都政の場で政策提言に関わっています。主に厚生委員会に所属し、高齢介護から子育て分野、障害施策等々の福祉全般の部分を審議しています。

都議会議員になる前は、リクルートで介護業界の人材雇用創出に関わる事業の立ち上げ等を担当していました。そこで多くの施設を訪問させて頂く中で介護の課題に直面し、「この仕組みを変えていきたい」と思い政治を志しました。在職中、働きながら小池都知事が主催していた政治塾に参加し、約4,000人の中から都議選の候補に選抜され、未経験から政治の世界に入ることになりました。

——介護業界に携わるきっかけは何だったのでしょうか?

実は、一冊の漫画がきっかけだったんです。もともとリクルートで人材に関わる仕事をしていたのですが、最初のキャリアを3年くらい積んだ頃「次は日本で最も課題解決が難しいテーマにチャレンジしてみたい」という思いがありました。そんな時に高齢社会の問題点を描いた『ヘルプマン!』(くさか里樹著、講談社)という漫画と出会って、「このままでは日本がまずい」と思い介護に興味を持ったのがきっかけでした。

介護現場の方の話を聞いてると、「おじいちゃんの介護をしていた」「介護の現場実習に行った」 という理由でご入職される方が多いんですね。実は私はそのような経験がなく、むしろ介護という仕事の現状を見たことがないまま、介護の世界に入ってきました。

——数々の介護業界の問題に関わってきて、最も感じた課題は何でしたか?

リクルートに在籍していた当時は、介護現場においてケアの担い手であり、その価値を提供する「人材」に対して大きな課題を感じていました。

初めて施設訪問した時、利用者の方々が裸にバスタオルを1枚かけられた状態で廊下に並んでいる光景を見て、非常に胸が震える経験をしたんです。今時のケアではあり得ないと思うんですが、機械浴で一気に入浴するという流れ作業で並ばされていたんですよね。その姿と、利用者さんの表情を見た時に「歳を取ってこういうケアを受けたくないな」と素直に思ったと同時に、「この状況を変えていかなければいけない」と思いました。これがきっかけで、社会保障制度や、サービスの定義である国の介護保険の定義に徐々に疑問を感じるようになり、仕組みを知ろうと政治塾に通い始めたんです。

介護の場合、どんなケアをするかは全て「人」に依存します。採用の面からももちろんですが、提供するケアの面からしてもしっかりと介護業界で働く人たちの支援をするべきであると感じました。

人材の定着に力を入れた取り組みをスタート

——東京都の取り組みについて教えてください。

東京都は介護関連予算に毎年かなりの金額をかけていて、去年でいうと1800億円くらい計上しています。最近は特に人材の定着にも力を入れており、例えば、平成30年度から『働きやすい福祉の職場宣言事業』を開始しました。働きやすい職場の指標を明示した「働きやすい福祉の職場ガイドライン」を策定し、採用・育成・処遇・ライフワークバランス・職場環境・風土の5つのカテゴリーから働きやすさを客観的に判断できるようにします。すでに1,350件ほどの事業所の登録があり、登録された事業所には採用イベントやハローワークで優先的に人材をご紹介します。これは、福祉現場の働きやすさを可視化するための取り組みですが、定着している企業に良い人材が採用できるような仕組みを作るという目的もあります。他にも、定着支援に近い取り組みにはなりますが、生産性向上のためのICT関連は積極的に取り組んでいます。

——他業界と比べても過酷な労働と安い賃金のイメージがまだあるかと思いますが、是正していくような政策はありますか?

賃金アップに関しては、東京都としても処遇改善に近い助成はしています。 例えば、東京都は他県に比べて家賃が高いので、月8万円分を上限として家賃を補助するような制度があります。あとは若者向けの支援として、奨学金を返還している学生さんに一人当たり月5万円を上限とした助成を行い、福利厚生に近い制度を設けており、サポートは充実してるのかなと思います。ただ、このような施策を浸透させることが難しく、スキルアップの奨学金制度も予算の執行率が20%くらいなんですよね。このような制度をご存知ないのはもったいないので、なんとか広く知っていただけるように普及啓発していきたいなと思っています。

自分自身がハブとなり、現場の要望が届く仕組みを作りたい

——国と都道府県と市区町村の役割の棲み分けはどうなっているのでしょうか。

国はサービスの基準や定義など、介護サービスに関わる基本的なことを決めています。国と市町村区の間に都道府県がいて、都道府県独自の課題に対する対策を行っています。例えば、東京都であれば全国の中でも求人倍率が非常に高く、他県と比べると2倍から3倍あるので、このような独自の課題に対して施策を講じています。

そして、介護サービスを実際に行うのが区市町村です。施設の認可など例外的に都が行うものもありますが、基本的には地域包括ケアの推進により、地域を最も良く知っている市町村区に介護サービスの実行権限が移譲されているという考え方です。

——東京都の今の課題や、それに対する仕掛けはありますか?

現在日本が世界最速で高齢化のトップランナーを走っているので、都市における幸せな高齢化社会のモデルをつくるということを一つのテーマにしています。北欧などの先進事例はありますが、幸せな高齢化社会のモデルをどのように作るかは、やはり日本が世界に先駆ける存在になると私は思っています。これから東アジアも後に続いてくるので、東京からそのモデルを作ることができればきっと世界に輸出ができるのではないかと思います。

あとは、介護サービスの担い手不足という課題もありますよね。2025年に向けてこれから団塊の世代が高齢化を迎えるにあたり、東京都は他県よりも人手不足感がかなり強い地域です。将来を見つつ今できる先進事例を一つずつ作っていき、それを横展開していきたいと思っています。

——2040年の生産人口の減少に向けた対策はありますか?

年末までに2040年に向けた長期計画を作ると東京都が宣言し、今まさに将来に向けた東京像のゴールと、課題の洗い出しに差し掛かっているところです。おそらく2040年までには定年の制度も延長されているはずなので、元気高齢者を増やすことと、老いた先の時代をどう豊かに暮らすかということがテーマになってくると思います。

また、今は施設に入って介護するという時代ですが、今後は自宅で生き生きと豊かな時間を過ごせるための制度を整えていくことが重要になってくると思うんですよね。私個人としては、買い物や移動の在り方など、日常生活における様々な分野にまたがるもの全てが、高齢化社会に対応するようアップデートしていくというような仕組み作りに挑戦していきたいです。

——東京都の介護事業の人事担当者や経営者の方にお伝えしたいことはございますか?

是非現場の声を聞かせてほしいと思っています。私が政治の世界に入って一番強く感じたことは、介護現場の声が本当に行政に届きづらいということです。本来であればこれだけの予算を使っているので、当事者や業界の声をしっかり聞くというプロセスを経ないといけないのですが、介護の場合はなかなか当事者の声が上がりづらいんですよね。

特に介護は自分たちの給料や働き方が制度によって決められます。だからこそ、声を上げる意味がものすごくあるはずですし、制度自体の使いやすさも現場の方に厳しくチェックして欲しいんですよね。このような仕組みを変えていくためにも、議員であるうちに私が現場と行政をつなぐハブになり、最終的には私を介さなくても現場の声が自然と届く仕組みを作っていきたいです。